活動報告(2011年)

連合大阪南
大阪南労福協

2011年

連合大阪泉南地区協議会 第20回定期総会

日 時201112月16日(金)
場 所スターゲイトホテル関西エアポート
参加者役員22名,代議員44名
総会議長

JP労組 福本徹也さん

 泉南地区協議会は12月16日スターゲイトホテル関西エアポートにおきまして第20回定期総会を開催いたしました。総会は役員22名代議員44名の参加で成立し、第22年度活動経過報告、決算・会計監査報告、第23・24年度運動方針(案)、第23年度予算(案)、第23・24年度役員(案)が満場一致で可決されました。

 この定期総会におきまして、11年もの間役員を務めてくださいました阪本光司さんを含む4人の方が退任されました。(任期途中での退任者は3人。)総会ではその功労を称え、連合大阪からの感謝状と泉南地区協議会からの記念品贈呈が行われました。

【退任役員】

副議長         浦川 英明さん(泉南市教職員組合)

副議長         川端 豊さん(泉南市職員組合)

副議長         桝谷 信二さん(三洋エナジー貝塚労組)

監査(兼)幹事     阪本 光司さん(泉南地区教職員組合)

幹事           藪 秀昭さん(宮﨑機械システム労組)

幹事           中村 明義さん(テザックワイヤロープ労組)

幹事           伊東 浩一さん(熊取町職員組合)

連合大阪泉州地区協議会 第4回定期総会

日 時2011年12月9日(金)
場 所テクスピア大阪
参加者役員25名,代議員49名
総会議長

大阪ガス労組 中村明天さん

 私たち泉州地区協議会は12月9日(金)テクスピア大阪におきまして第4回定期総会を開催いたしました。地区委員会は役員25名代議員49名の参加で成立し、経過・活動報告、決算・会計監査報告、第23・24年度運動方針・予算・役員体制が「異議なし」の声と満場の拍手で可決されました。

泉州地区協議会は23年度より、予算科目を上部団体の予算科目に合わせることと、労働福祉事業会計を新たに設けることとしました。この特別会計は行政からの労働者福祉事業に対する補助金の使われ方の「見える化」を図ることを目的とした会計です。各自治体において行財政改革が進む中、行政に向けて補助金の使われ方を明確にするとともに地区協議会の活発な活動の報告を行うことにより、労働者福祉に対する理解と、更なる充実を求めるためです。定期総会では、22年度より結成された行事運営実行委員会を基軸に、労働福祉事業活動の充実に引き続き取り組むことが確認されました。

この定期総会におきまして、6名の方々が退任され、表彰規定によりその功労を称え表彰が行われました。

定期総会後の懇親交流会は、野内議長の挨拶のあと、高橋副議長の乾杯の発声で始まりました。来賓の阪口高石市長からは、ご挨拶と共に10月に開催した清掃活動への感謝状まで頂戴し、役員一同大変励みになりました。

終盤では、恒例となっている役員挨拶を兼ねた企業の営業広報活動が展開され、最後は吉村副議長の「がんばろう!」で元気よく締めくくられました。

連合泉州は、愛のある‐[]-で繫がった地区協を目指し地道な活動を展開しています。今後ともよろしくお願いいたします!

【退任役員】

副議長     上野 修一さん(住友ゴム労組)

副議長     中嶋 崇之さん(関西電力労組)

事務局次長   奥平 秀治さん(大阪ガス労組)

監査兼幹事   稼木 政枝さん(泉大津市臨嘱労)

幹事       小倉 由紀夫さん(忠岡町職)

幹事       谷 吉順さん(朝日加工労組)

連合大阪堺地区協議会 第20回定期総会

日 時201112月2日(金)1600
場 所ホテル第一堺
参加者役員22,代議員64名
総会議長

情報労連 NTT労組   大畑さん

電力総連 関西電力労組 柴谷さん

 12月2日(金)16時より、ホテル第一堺において、役員22名、代議員64名が出席し、連合大阪堺地区協議会 第20回定期総会を開催しました。

総会では、第23・24年度運動方針(案)、第23年度予算(案)、第23・24年度役員(案)など、4つの議案について審議し、全議案を満場一致で可決決定しました。

「働くことを軸とする安心社会」の実現を視点におきながら、堺地区協議会の合言葉である「愛・笑顔・幸せ!!希望ある明日に向けて」の通り、「愛があふれ、笑顔いっぱいに、幸せを実感できる」社会をめざし、活動していきます。

また、長きにわたって堺地区協議会にご尽力いただき、今期で退任された6名の役員の方に対し、その功績を称え表彰を行ないました。

【退任役員】

副議長     木塲 康夫さん(山九労連関西西労組)

副議長     小手川 誠さん(コニカミノルタ労組)

事務局次長  宮田 浩二さん(クボタ堺労組)

幹事       江守 昌之さん(自治労堺市職員労組)

幹事       松本 修実さん(昭和電工ユニオン)

幹事       畑中 義彦さん(堺化学労組)

(堺地区協議会事務局長 川井勇二)

2011泉州地区ファミリーイベント

日 時2011年11月12日(土)
場 所岸和田市 北阪園
参加者507人,152家族

 1112日土曜日、岸和田市の北阪園で泉州地区協のファミリーイベント「みかん狩り」を開催しました。組合員とその家族の行事として毎年行っており、組合員の皆様にも連合泉州の行事として定着しています。当日は心配されたお天気も良くなり、11月としては暑いぐらいの好天となり507名、152家族の参加がありました。

みかん狩りの他に大根・芋堀りも楽しめますし、昼食にはお弁当、丸谷副議長ファミリー手作りの豚汁(南海電鉄労組の伝統??)や北阪園特製おでんも提供されます。更に、大抽選会、極めつけは何故か山中での「マグロの解体ショー」そして即売会等、盛り沢山のイベントを行い、休日の1日を楽しんでいただけたと思います。

当日は、大阪労福協の平田専務理事が駆けつけていただき、地区の労働者福祉事業として定着したファミリーイベントを見守って下さいました。

100名規模から始まった連合泉州地区協のファミリーイベントですが、500名規模のイベントに育ってきたことは、幹事単組の恒例行事にもなり、また産別・単組を超えた組合員同士の交流の場としても理解が進んできたものと考えます。今後とも、大阪南地域労福協協賛事業として、継続して続けていきたいと考えますので宜しくお願いします。

最後に不慣れな行事運営実行委員長を支えてイベントを取り仕切っていただいた丸谷副議長をはじめ連合泉州役員の皆様、ご協力ありがとうございました。

(泉州地区協議会行事運営実行委員長 反保 壽夫)

第20回定期総会

日 時20111111日(金)1500
場 所ホテル第一堺
参加者代議員75名,役員25名
総会議長

自治労 和泉市職員組合 岩田 真知さん

化学総 連三井化学労組 坂林 克則さん

次第

1.第22年度活動経過報告

2.第22年度会計報告・会計決算監査報告

3.第2324年度運動方針案

4.第2324年度活動予算案

5.第2324年度役員に関する件

6.表彰に関する件

7.特別決議採択

役員OB会 第3回総会

日 時2011年11月2日(水)
場 所シティホテルサンプラザ堺
参加者34人

≪挨 拶≫

OB会長     中西 喜夫

連合大阪南議長  鎌倉 幸信

特別ゲスト    石原 利昭氏(連合大阪初代会長)

 

≪経過報告≫

①会員拡大活動について

②第82回連合大阪地区(堺・泉州・泉南)のメーデー参加

③第17回統一地方選挙への対応

④各種イベントなどの参加

 

≪協議事項≫

①役員OB会組織強化について

・組織の連携強化・活性化を図るため、会員拡大活動を継続して行っていく。

・役員OBの中で未加入の方々の加入促進を行うとともに、各地区において連合大阪各地区協議会の役員を退任された方への加入促進を行う。

②選挙への対応について

③役員相互の連携(連絡網)の策定について

④連合大阪大阪南地域協議会OB会の役員選出について

 ・運営要綱により役員の選出をする。

※役員OB会運営要綱:役員の選出と任期については総会において互選により決定する。また任期は1年とする。

 

≪懇親会≫

 元大阪南副議長 戸田さんの挨拶と乾杯で懇親会が始まりました。ほとんどの方が一年ぶりの再会であるため、笑顔で近況を語り合っておられました。

 また、特別ゲストである石原さんのご要望にお応えする形で、現役を含む全員の自己紹介も行われました。懐かしいお話しを挟みつつ、ついつい長くなってしまう方も多かったのですが、終始和やかな雰囲気で笑顔の絶えない懇親会となりました。


~事務局より~

 一年ぶりに先輩の皆さんとお会いさせて頂き感激いたしました。皆さん大変お元気で、笑顔で再開を楽しんでおられる方々を真のあたりにして、OB会発足して良かったな~と思っております。

また、今回は特別に初代連合大阪会長の石原顧問にもご出席を頂き、更に場を盛り上げて頂きました。定年退職されたOBの皆さんは石原顧問にご参加頂き感激された方も多かった事と思います。石原顧問、本当にありがとうございました。

楽しいときは時間の経過も早く「ア~」と言う間にお開きとなり、元岸貝議長の有馬さんの発声で来年も元気でOB会に参加して再会することを誓い、第3回総会を終えることができました。

今年、都合でご参加頂けなかった皆さん、来年は是非ご参加頂きますようお願いいたします。

OB会事務局長 奥 泰孝

2011クリーンキャンペーン

 本年度のクリーンキャンペーン(連合大阪全地域一斉環境活動)は雨予報でギリギリまで実施が心配されましたが、奇跡のような晴れ間に恵まれ、3地区共で無事開催することが出来ました。

今年は大阪南の統一テーマとして「防災」を掲げ、清掃活動の合間に指定避難場所や防波堤の高さなどの確認を行いました。

また、堺地区では東北地方支援として、岩手・福島・宮城の物産品販売とカンパ活動を実施し、たくさんの方のあたたかいご協力をいただきました。

堺地区協議会

日 時20111022日(土)
場 所堺市内
参加者350人
内 容
堺市指定避難施設の確認と調査を兼ねた清掃ボランティア

泉州地区協議会

日 時20111022日(土)
場 所高石市内
参加者150人
内 容

津波に対する啓発を兼ねた臨海地域での清掃ボランティア

泉南地区協議会

日 時20111022日(土)
場 所岬町 長松海岸
参加者80人
内 容

海岸沿いの清掃ボランティア *自治体職員による地域防災研修

 *今年も各地区でエコキャップの回収を行いました!*

連合大阪堺地区協議会「政策懇談会」

日 時201997日(土)10301500
場 所ユニオンセンター堺
参加者26人、組織強化小委員会6人、事務局2
内 容

講習会    1035~ 「ハーバリウム作り」講師:安福 英子 様

ランチ懇親会 1130~ 会場:同ビル1Fイタリアン“PICCOLO CAPRICCIO”

意見交換会  1330~ 「労働組合の良いところ、悪いところ」

発表会    1430

<内容>

1018日(火)、ホテル第一堺にて堺地区協議会「政策懇談会」が開催され、連合大阪の次年度政策要請内容をもとに、堺地区協議会役員と連合推薦議員による懇談がなされました。

主なものとして、「自然災害対策」では今年度発生した東北大震災をうけ堺市の自然災害に対する取り組みに関心が高く、臨海工業地帯における災害時の非難などについて意見が交わされました。その他、「子ども教育施策」では「学校職員の民間委託について」、「男女平等施策」については「出産後の女性が復帰し易い制度づくりについて」等、両者から地域に特化した疑問や提言が数多く出されました。

また、議員サイドからは、要請項目に含まれているものの中で現在進めている事項や、“堺市マスタープラン”に基づいて今後推進されて行く施策についての説明がなされました。

 

<次第> 16:3019:00  25名参加

1.連合大阪堺地区協議会 代表挨拶 

2.堺市議会議員 代表挨拶 

3.連合大阪「2012年度政策・予算」に対する要請について

4.「2012年度予算編成」堺市長の考えについて 

5.質疑応答 

6.懇親会 19:0020:30  27名参加

 

<感想>

(泉州・泉南)地区では複数の自治体での政策課題となりますが、堺地区では行政区一つでの政策課題であり、全役員・全議員が一つの輪となった協議展開に他と違ったものを感じることできました。

また、懇談会は統一地方選挙後の初めての議員交流ということから前堺市議団も加わり、例年にない政策懇談会が開催されました。(平田)

連合「2011平和行動in根室」ー参加報告ー

2011年9月9日~12日)

連合大阪大阪南地域協議会 幹事 桐野 誠

沖縄、広島、長崎と続く「連合 平和行動」の締めくくりとして、91011日に開催されました「連合 2011平和行動in根室」に連合関西ブロック総勢30人の皆さんと一緒に参加させていただきました。

根室での平和行動は、第二次世界大戦終結後より66年間の長きにわたりロシア(旧ソビエト)により不当占拠が続いている北方四島(択捉島、国後島、色丹島、歯舞群島)の返還運動のひとつとして“日ロ平和条約を結ぼう!四島交流を促進しよう”をスローガンに実施されました。

1日 910日(土)

1.北方四島シンポジウム<根室市総合文化会館>

   10年ぶりに開催されたシンポジウムには、全国各地から集まった連合の仲間と地元根室市にお住まいの皆さん約300人が参加し、会場は立見席が出るほどの大盛況でした。

   開会にあたり主催者を代表し、連合南雲事務局長より「今回、10年ぶりにシンポジウムを開催することになった。地元根室市の皆様に参加を呼びかけるにあたり、根室新聞に記事掲載していただき感謝している。連合は、北方四島の返還運動に今後とも力を入れていく所存である。是非、本日のシンポジウムや北方四島学習会を通じ理解を深めていただきたい。」と挨拶。

   次に、根室市を代表して長谷川根室市長より「全国各地からの参加に心より感謝している。毎年開催される連合の平和行動は、返還運動の地元として大変心強く思っている。17,291人の元島民も約4割になり、平均年齢も77.8歳と高齢になっている。一日も早い返還が望まれる中、先般、ロシアのメドベージェフ大統領が国後島を訪問した。ソ連時代を含めても国家元首が訪問した事は初めてであり大変遺憾に思う。同時に返還がより一層難しくなっている様に感じる。返還の交渉は国の問題ではあるが、一番大切なのは返還を強く求める国民の声、世論である。全国各地での連合の返還活動に感謝している。」と挨拶された。

   次に、元島民を代表して得能氏(1934年生 色丹島出身)より侵略された当事の出来事について語られた。

   「戦争が終わり数日経った8月末、ソ連による北方領土の侵略は始まり95日までに北方四島を手中に収めた。私が住んでいた色丹島には91日に大きな軍艦で島に入り、完全武装の兵士が、学校などの公共施設を占拠し、すぐに家庭も占拠した。何事が起こったのか分からず、落ち着きを取り戻すのに一ヶ月近くかかった。今でもその時の不安な気持ちを忘れる事はできない。その後、島から逃げ出し根室などに移った島民と、島を守るために残った島民がいたが、3年後の10月、ソ連により「日本人は全員島を出す」との決定がなされ、残っていた島民全員が10,000トンクラスの軍艦によって樺太へ運ばれた。樺太での生活は過酷を極め、寒さと食糧難苦しむ日々。病気で死ぬのが先か、引上船で救出させるのが先か。最長で70日近くも樺太で滞在することになった人もいた。

樺太を出てからは、「いつか島に戻れる」と信じ、最も近い根室市に移り住んだ元島民が多かったが、次第に離れ各地移り住み、今では全国で組織化し北方四島返還の活動を広げている。私たち元島民は、常に運動の先頭に立ち、今後も立ち続けなければならないと考えている。その為に、親から子へ、子から孫へと伝え活動を継続していかなくてはならないが、子や孫は生活をしていくのも大変な状況であることも知って欲しい。

北方領土問題は、元島民だけの問題ではなく、日本国民全体の問題である。“自国の領土を守る”と言う強い気持ちを是非、全国民が抱いてほしい。どうか、これからも力を貸していただきたい。」と北方四島返還運動への切なる思いを語られました。

 

2.パネルディスカッション<根室市総合文化会館>

【パネリスト】

 ・児玉 泰子(北方領土返還要求運動連絡協議会事務局長)

   ・本間 浩明(毎日新聞記者・北の海の動物センター理事)

 ・佐藤久夫(連合北海道釧根地協会長)

   【コーディネーター】

 ・水谷 雄二(連合総合組織局長)

 

シンポジウム終了後、北方四島の現状を主に伝えるパネルディスカッションが開催されました。

   「今、北方四島は大きく様変わりしている。これまでは“ロシアから見捨てられた島”との印象であり、ほんの5年前までは、いまだ戦後のような島であった。その為、島に住むロシア人と交流を図るべく訪問すると、多くの島民が集まり、感謝され、心からの交流が図れていた。

しかし、ここ数年、徐々に人が集まらなくなってきている。これは、ここ数年でロシアは1,000億円規模のインフラ整備をはじめとした開発を行っており、生活しやすい環境、日本人を頼らなくても生活できる環境が整ってきた事にある。

ロシアによる開発は、後の観光業に向けた第一ステップであると考えられ、このまま開発が進めば、いずれ第3国の外国人が、ロシアのパスポートを取得して北方四島へ入ってくるという可能性まででてくる。そうなると、諸外国に対して「北方四島はロシアの領土」と言う既成事実を作り上げると共に、島民の自国意識も高まってくる。1991年以降の“ビザなし交流”によって、現島民が敵対していないことを知り、お互いを理解する活動に努め、交流を深めてきたが、心が離れていくと領土問題に対して反対しかしなくなってしまう。そうなれば、一層、返還が遠のいでしまう。一刻も早い対応を国に望む。」など、現在の北方四島の現状について報告がありました。

 

3.北方四島学習会<北海道立北方四島交流センター(ニ・ホ・ロ)>

   パネルディスカッション終了後、会場を移し、北方四島学習会が開催されました。学習会は5つのセミナーに別れており、私は「ビザなし訪問に参加して~北方領土の日本家屋~」に参加しました。

   北方領土には、戦前およそ3,250棟の建物があったそうです。しかし、建物の大半は1960年代に取り壊され、残された建物も長い年月で傷み、現在は皆無に等しい状況のようです。そんな中で、現在もなお残存する2棟の建物「択捉島水産會事務所」と「紗那郵便局」が取り壊されようとしているとの情報が入り、その保存に向けて、現在行動しているそうです。この2つの建物の存在は、日本人が住んでいた貴重な証であり、この建物を残す事は大きな意義があり、平成17年の北方領土返還要求全国大会の場で「建物保存特別決議」として決議されています。    

2日 911日(日)

4.2011平和ノサップ集会<納沙布岬・望郷の岬公園>

    日本最東端の地“納沙布岬”において、平和行動を締めくくる「2011平和ノサップ集会」が全国各地から集まった1,000人を超える連合の仲間が終結し開催されました。集会では、主催者、ご来賓の挨拶の後、沖縄、広島、長崎、根室と渡ってきたピースフラッグが次の平和行動開催地である沖縄に手渡されました。次に、集会アピールが採択され、最後に連合釧根地協佐藤久夫会長の発声により団結ガンバロウが行われ閉会いたしました。

 

連合 2011平和行動in根室に参加して・・・

今回、初めての平和行動in根室に参加させていただき、北方領土問題に対して認識を新たにしました。侵略された当事の悲惨な現実、元島民の返還にかける熱く強い思い、変わり行く北方四島の現状、そして元島民や返還運動をしている方々と、現島民(ロシア人)がこれほどまでに交流を図っている事に驚きがありました。

来賓挨拶の中で再三出て参りましたが「北方領土問題は、元島民や関係者だけの問題ではなく日本国民全体の問題である」という事をしっかりと心に留め、平和行動に参加させていただいた者として、連合役員、組合役員として、少しでも多くの人に伝えていかなくてはいけないと感じました。 

泉南地区協議会第1回地域政策研修会

日 時2011年8月20日(土)
場 所スターゲイトホテル関西エアポート
参加者28人

 820日(土)、スターゲートホテル関西エアポートにて、28名の参加のもと泉南地区協議会 第1回地域政策研修会が開催されました。休日を返上しての、地元選出の国会議員・自治体議員と交えた初の取り組みは、議論内容の濃い研修会となり、充分目的が達成されたものとなりました。

 

<研修会の目的>

地域における政策・制度についての取り組みは非常に重要な課題でありながら、これまでは連合大阪が求める自治体への要請を中心とした活動に満足した形でありました。しかし、地域に根ざした地域にまつわる政策・制度にしぼった形の中で、より具体的な成果が必要との視点から、各地区での突っ込んだ政策活動へのスパイラルな展開が出てきています。

既に同様の取り組みを泉州地区が先駆けて実施しており、今回は泉南地区の思いを生かした政策課題の研修会として開催いたしました。

 

<研修会の概要>

○開会あいさつ

連合大阪泉南地区協議会 宮崎議長

   連合大阪大阪南地域協議会 鎌倉議長

 

○国政報告 「原発問題と日本経済について」長安豊衆議院議員

最近の国政や霞ヶ関での動きなど、テーマ以外の幅広い領域での話がなされました。また、地元の身近な話題として関西空港のあり方や第2阪和国道の延長の課題なども話され、参加者にとってはタイミングのよい国政報告であったように思います。


○医療体制に関する各地域の実情(課題)について

泉州地区の医療体制は大阪府下でも財政・医師の確保など各自治体・広域行政的な視点からも今大きな政策課題でもあります。労働団体としてもこの課題に目を向け、改善を求めていく必要があり、今回の政策研修会のテーマとして 取り組みました。

 第1回目の今回は、取り掛かりとして各自治体での医療体制状況を中心とする政策課題などについて地元の推薦議員から市制報告をいただきました。


○グループワーク ~各地域における課題について~

連合の役員・議員がそれぞれ行政区ごとに2班に分かれて、地元の身近な課題についてのディスカッションを行いました。初めての取り組みでもあり、お互いに意見や課題を出し合うなど、本音による熱い議論であったように感じとれました。

連合「2011平和行動in長崎」ー参加報告ー

2011年8月7日~9日)

連合泉南地区協議会 副議長 杉山 忠宏

2011平和行動in長崎参加させて頂いた。連合の平和行動は私自身、社会運動の需要な観点から非常に関心をもっている取り組みであり、既に「広島」「沖縄」に参加しているが、今回被爆地長崎の行動に参加する機会を得た。

 

<日程>

 201187日(日)~89日(火)の3日間の行動であった。

連合大阪大阪南地域協議会からは私(バンドー化学労働組合 杉山忠宏)と、地協事務局 大林妙子さんが参加した。

<参考:連合大阪の参加メンバー>

・コーベヤ労働組合 西さん ・星光ビル管理労働組合 小村さん

・ファッション労連SSOKユニオン 山田さん

UIゼンセン同盟大阪府支部 林さん

・関電労働組合三国支部 澤井さん  ・大阪交通労働組合 松下さん

・日教組 八木さん ・連合大阪事務局 田中さん ・連合大阪事務局 島本さん

 

<活動レポート>

1日目 8/7

・核兵器廃絶2011平和ナガサキ大会

主催:連合・原水禁・核禁会議

会場:長崎県立総合体育館メインアリーナ

内容:3団体の代表による「平和宣言」、被爆者の体験談及び長崎の子供達による平和の歌。

・連合大阪団参加者全員による交流会

私にとっては参加者の殆どが初対面であり、この様な他労組との交流会を企画して頂きありがたかった。

会場である吉宗(よっそう)本店で名物料理(茶碗蒸し・蒸し寿司)を摂りながら、各単組活動や平和行動への意見交換をした有意義な時間であった。

2日目 8/8

・長崎平和公園でのピースウォーク

内容:連合長崎の青年・女性委員会のメンバーがピースガイドとなって、被爆者からの聞き取りや長崎に原爆が投下された事実の説明を聞くなどした。被爆地で耳にする過去の悲惨さは、改めて原爆の恐ろしさ、戦争を繰り返さないことへの思いを強く認識させてくれた。

※なぜ長崎に原爆が落とされたのか?

長崎は空爆の被害をあまり受けていなかった為、原爆の威力を確かめるのに都合がいいとされた。また、造船所や製鋼所、兵器製作所などの工場が集まっていたことが理由と考えられる。

2日目も四海楼にて、全員での夕食会が行われた。2日間も行動を共にすると仲間意識も芽生え、長崎の名物料理(ちゃんぽん・皿うどん)を頂きながらの楽しい交流であった。

3日目 8/9

・平和祈念式典

  会場:長崎平和公園

内容:会場全員で黙祷を捧げ、各種代表より「戦争を繰り返さない誓い」「原子力の安全管理」について宣言がなされた。

※原爆死没者名簿登録者数は155,546人(平成2389日現在)となっている。

 

<長崎平和行動に参加しての感想>

3日間、35度を超える猛暑日での活動で、正直、大変きつい「2011平和行動in長崎」であった。しかし、原爆で被災された方々や、本年の3月に発生した東日本大震災やその影響による福島県の原発被災などから自宅に帰れない方々の事を頭にうかべれば、私たちは幸せだと感謝しなければなりませんし、帰阪しても家族とその話題となった。

今後、私たちがやらなければならない事としては、原子力発電について労働組合の仲間(電力労組)と各企業の稼働に対する協調が大切ではないかと感じる。

脱原発を目指している労働団体と平和会議に参加したが、「大声を出して野次る」行為に対し、不快感を覚えるし、一緒に行動していく仲間として違和感を覚えずにはいられなかった。

最後に、平和行動in長崎に参加した皆さん、ご一緒させて頂きありがとうございました。またどこかでお会いできたらと思いますし、その際は宜しくお願い致します。

連合大阪大阪南地域協議会 大林 妙子

 恐らく、“放射能”という言葉に日本人が最も敏感になっている今年、87日から9日にかけて行われた連合・原水禁・核禁会議主催の「平和行動in長崎」へ参加させて頂きました。

母に連れられて小学生の頃にも一度平和祈念式典を見に行ったことがあるのですが、子どもだった私の記憶には残念ながら長くは残らず、今回初めて来たような感覚を覚えました。

一日目の長崎は曇天。連合大阪の参加者11名で「2011平和ナガサキ大会」の会場である長崎県立総合体育館へ向かいました。

主催各団体の震災・原発事故を踏まえた上での慎重な挨拶、国際労働組合総連合からの日本へ向けた暖かいメッセージ、語り部の減った被爆者の悲痛な訴え。それぞれを心の違う場所で受け止め、自分の中に大切に保存しました。

また、高校生や親子での活動には、小さいころからの教育や、「忘れてはならない」「伝えなくてはならない」という一人一人の気持ちの大きさを感じました。

人は辛ければ辛いほど忘れたがる生き物ですし、実際に忘れた方が良いことも沢山あります。けれど、恒久平和を声に出して発信する為に、長崎・広島の人々は被爆地であるという過去から目を逸らさずに生きています。

ただただ、頭の下がる思いです。

翌日は雨が気ままに降る空の下、朝からピースウォークが始まりました。個人的に意外だったのは、唯一記憶に残っている平和記念像より、周囲の彫刻や碑に強く気を引かれたことでした。それは姉妹・友好都市からの贈り物であったり、被爆した日本人以外の方の魂を悼むものであったりします。そのどれもが愛情を求め平穏を願うもので、世界は決して平和に否定的ではないのだと心強く感じました。

午後からの平和シンポジウムでは、「被爆66年 残された課題について」と題した講演とパネルディスカッションを興味深く拝聴しました。

被爆した場所が当時の長崎市内ではないという理由だけで被爆者手帳を貰えずにいる、被爆“体験”者。その不条理な分類の存在を知らずに過ごしてきた自分を情けなく思うと同時に、世界へ平和を発信しながらも直ぐ傍らで苦しんでいる人々を救えないこの国の制度に悲しみを覚えました。

そして平和祈念式典の朝。ホテルを出た時はどしゃ降りでしたが、平和公園前へ着くと嘘のようにぴたりと雨が止みました。まるで空もこの時を理解しているかのような、とても不思議な心持ちになりました。

式典の中で一番印象に残ったのは、田上長崎市長の平和宣言です。制御力の過信・抑止力の幻、私たちはそんなものに惑わされていたのではないかという訴えに、心が揺れました。誰だって今生活している場所が安全だと信じていたいです。怖いものから身を守れる手段があれば、不安だからすがりたくなります。そんな考えが国家という括りのせいで澱み、いつのまにか個人も利己主義の塊となっていたのかもしれません。 

核兵器とは、人が使ってはならないもの、人の手には負えないものです。

 被爆地や核実験場での悲惨な状況を経てそう断言できる現在、世界の核兵器廃絶を願い実行することは、もはや全ての人々の義務ではないでしょうか。

連合「2011平和行動in広島」ー参加報告ー

2011年8月4日~6日)

連合泉州地区協議会 事務局次長 山野 英次

原子爆弾が投下され66年の月日が過ぎた2011年。84日から6日までの3日間、辻本幹事と共に、連合「2011平和行動in広島」へ参加するため「世界で初めて原子爆弾が投下された地“広島”」へ赴きました。

初日は、広島県立総合体育館にて、「核兵器廃絶2011平和ヒロシマ大会」が6,800人の参加者のもと、川野原水禁議長の挨拶で開催されました。

66年の歳月が過ぎ去った今も多くの被曝者が放射線障害に苦しんでいる実態のなかで、未だ核兵器は、世界に約21千発も存在し、その脅威にさらされているのです。

大会では、日本政府は被曝国として、非核三原則を堅持し、「2020ビジョン」の実現など核兵器廃絶の具体的進展に向けた積極的な役割を果たさなければならないことが確認されました。

ノーモア・ヒロシマ! ノーモア・ナガサキ! ノーモア・ヒバクシャ!

私たち日本人が決して忘れてはならない言葉であり、世界共通の言葉でもあります。


日は変わり、平和行動2日目の午前中は、ピースセミナーに参加いたしました。

平和の語り部「被曝体験の証言」坪井直広島県原爆被害者団体協議会理事長の貴重な体験をお聞きしました。

坪井さんは、194586日当日は後輩たちと朝食を取り、爆心地から1kmの路上で被曝したそうです。その後、約40日間意識不明だったため、終戦を知らなかった。

そんな、坪井さんの命を救ってくれたのは、幾つかの奇跡だそうです。まず一つめが被曝時目の前に体の大きな友人が壁となり助かったこと。

後輩から、もう一度ご飯を食べに行こうと誘われたが断った、一緒に食べに行っていれば命が無かったこと。

被曝した後、もうダメだと思った時、目の前に軽トラックが止まり治療施設まで搬送してくれたこと。(若年者の救護が優先されたため、青年だった坪井さんが運ばれた。)

しかし、1番の奇跡は治療施設での出来事であり、坪井さんの母の「直やぁ~、直やぁ~」という我が子を懸命に探す声が聞こえなければ、坪井さんは原爆投下66年目を迎えることができなかったと語られました。

被曝者の体験談は私たちの心に「原爆被害の実相」を深く刻みました。

昼食後、次の行動までの間、涼を取ろうと周囲を散策しましたが、すぐに集合時間となり集合場所へ。集合場所は平和公園原爆ドーム道路側で、ここで記念の集合写真を撮影。

午後2時から、猛暑の中でのフィールドワーク。平和公園内にある、慰霊碑や記念碑についての説明を連合広島のボランティアの方々から受けました。

原爆供養塔では、今なお氏名不詳や一家全滅などで引き取り手のない遺骨を供養するため、毎年86日に供養慰霊祭が営まれています。

また、原爆の子の像には、「これはぼくらの叫びです。これは私たちの祈りです。世界に平和を築くための。」と碑文が刻まれ、子供たちの平和の願いが込められています。

平和公園でのフィールドワーク後、私たちは広島平和記念資料館へ足を運びました。ここには、目を覆いたくなるような遺品がいくつも展示されており原爆の恐ろしさを体感しました。また、多くの外国人の方や子供たちが訪れており、原爆の恐ろしさを風化させてはいけないと、改めて思いました。

最終日86日、いよいよあの原子力爆弾が投下されて66年目を迎える日がきました。緊張感の漂う中で、広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式が午前8時から開催されました。  松井広島市長はじめ、世界67カ国(82日現在)の参列がありました。残念なのは昨年よりも参列者が少ないことです。福島原発の影響もあったのかもしれません。

原爆投下時刻の午前815分、参列者全員により1分間の黙とうがささげられました。この1年間で死亡された被曝者は5,785人。原爆死没者名簿は275,230人に達し、今も多くの人々が苦しんでいる事実を私たちは忘れてはなりません。

原爆投下目標都市には広島、長崎のほか小倉、新潟が含まれていました。広島が第一目標になったのは、目標都市の中で唯一、連合国軍の捕虜収容所がないとアメリカが考えていたためです。


最後に、1つだけ確実に言えることは・・・

「原爆投下により、数十万人の罪のない一般市民が、一方的に殺された事」

それが史上最大規模の非人道的な行為であったことは、確かです。

連合「2011平和行動in沖縄」―参加報告―

2011年6月23日~25日)

連合堺地区協議会 幹事 中井 誠

 623日から25日に沖縄県で行われた「2011連合平和行動in沖縄」に堺地区協議会から小手川副議長と共に参加しました。

 第1日目は「2011平和オキナワ集会」が那覇市民会館大ホールにて挙行されました。この集会は連合(日本労働組合総連合会)が主催し、第一部シンポジウム「日米地位協定の抜本改定を求めて」と第二部「平和式典」の二部構成で行われました。会場には北は北海道から南は沖縄までの各地方連合や各産別組織から1,500名以上の仲間が結集しました。沖縄県は米国から1972年に日本へ返還された後も、国土面積のわずか0.6%に過ぎないのに、全国の米軍基地の74%が集中しています。この米軍基地の存在が、事件・事故などを含め県民生活に大きな負担を強いています。在日米軍の法的根拠を定めた日米地位協定は、1960年の締結から50年が経過しているにもかかわらず、日本政府は見直しをしないまま、様々な問題の解決を運用の改善で曖昧にしてきました。集会アピールで連合は、政府に対し連合の見直し案をもとに、地位協定の抜本改定を強く求めていき、世界の基地の中で最も危険といわれている普天間基地の早期返還と、返還実現までの間、普天間周辺地域の危険性の除去や騒音問題の対策を示すよう日米両政府に強く求めていくと宣言しました。

 

 第2日目は「ピースフィールドワーク」で戦跡コース・南部戦跡をまわりました。那覇新都心を車窓から見学し、宜野湾市にある嘉数高台公園の展望台から普天間基地とその周囲に密集する居住地を見渡しました。連合沖縄青年委員会の方々が「ピースガイド」として付き添っていただき、各々の見学地で説明をして下さいました。

南城市にある糸数壕(アブチラガマ)では全長270mもある巨大な壕(洞窟)の中へヘルメットを装着し、懐中電灯を片手に進んでいきました。中には灯りは全く無く、足場はデコボコした岩場で歩きにくく、上からは水滴が落ち、頭を打つぐらい天井が低い所もあり、ひんやりとした冷気が漂い漆黒の闇が広がっていました。入り口付近の天井は米軍の火炎放射器で黒く焦げ、その際爆発したドラム缶が小さくなって天井に突き刺さったままでした。こんな中に数百人もの人たち(負傷兵、軍医、看護婦、ひめゆり学徒隊、住民)が4ヵ月もの間立て籠もっていたとは・・・何という忍耐力だろう。戦争とは映画に登場する様な華々しい戦闘シーンだけではなく、過酷な状況下での避難生活や老若男女を問わず無惨に殺戮されてしまうなど、そういった苦しく悲惨な状況の方が遙かに多いことを決して忘れてはいけません。この沖縄戦では日米合わせて20万人超の人たちが命を落としており、将兵と同じくらいの住民が犠牲になっています。そして沖縄戦で使用された砲弾等約20万トンのうち、1万トンが不発弾として今なお残されていると推定されており、不発弾による事故も後を絶たないそうです。

その後、ひめゆりの塔、ひめゆり平和祈念資料館、魂魄の塔、平和の礎、沖縄県平和祈念資料館を見学し、戦争の悲惨さや平和の尊さ、命の大切さについて改めて理解を深めました。夕方に沖縄県庁前広場に集合し、「米軍基地の整理・縮小と日米地位協定の抜本改定を求める行動」の集会に参加し、集会後に県庁前広場から国際通りをデモ行進しました。


 第3日目は台風5号による強風と豪雨の影響で予定を変更し、対馬丸記念館と紅型(びんがた)・サンゴ染め工房首里琉染(りゅうせん)を見学しました。対馬丸記念館とは、沖縄から県外へ集団疎開する県民や多数の学童を乗せた対馬丸が航海中の1944822日深夜、米軍の潜水艦に撃沈され乗船者1,788名のうち約8割の人々が海底へ消えてしまい、その悲劇を繰り返さないための学びの施設です。首里琉染は、沖縄の伝統工芸である紅型と海を七色に彩るサンゴを用いて染め上げるサンゴ染めの工房・店舗です。サンゴ染めや色挿しの作業の様子を見学し、数々のサンゴ染めの展示品を拝見しました。

 

 今回の平和行動に参加して感じたことは、戦争を根絶し平和を尊重するのは当たり前ですが、一方で軍事力を増強している隣国もあり、平和を維持していくためには日米同盟や米軍基地のあり方、そして日本の防衛戦略をどう考えていくかということです。沖縄県民に負担が偏っている現状に対して、国民全員がもっと沖縄の現状や過去の大戦の悲惨な歴史を認知し、議論をしてより良い方向性を見い出すべきです。沖縄には「命(ぬち)どぅ宝」という言葉があり、「命こそ宝である」という意味です。一たび戦争が起こると、その宝物である命が、あまりにも簡単に、大量に、そして惨めに失われていきます。その様な悲劇をこれ以上繰り返さず、宝物である命がそれぞれ輝ける様な社会を私たちは築かなければならないと強く感じました。

泉州地区 市町村政策・予算に対する要請活動総括会議

日 時2011年6月17日(金)
場 所三幸苑
参加者

34人

617日泉州地区協議会2011(平成23)年度市町村政策・予算に対する要請活動総括会議(以後、総括会議と記載)が開催されました。

泉州地区協議会ではこれまで、各自治体に対し連合大阪からの政策・予算に対する要請内容に付加する形で独自の要請事項を投げかけてきました。

そのなかで、社会貢献活動・労働者福祉政策を中心に自治体から具体的な回答を導き出してきています。各自治体の次年度の予算は概ね9月頃が骨組みを固める時期となることから、連合大阪からの要請内容が示された後にできるだけ速やかに要請行動を実施する必要があります。また、連合泉州では、大阪府・国への要請が必要な事項・各自治体が独自判断できる要請事項を仕切り直し、地区としての役割に特化した要請行動となるよう努力しています。

私たち連合泉州としては、来年度の要請事項を議論する前に、昨年度実施した要請行動の回答を総括することとしています。

総括会議では、連合大阪・連合大阪南・泉州地区協幹事並びに連合推薦議員団等合わせて36名の参加のもと、各行政からの回答を総括。

 このなかで、「東日本大震災を境に、震災対策、政府・行政の役割を再度見直し実相に対応できる対策・体制の構築が急務であり、これまでの前例から踏み込まない回答では、教訓を活せない」「行政の財政が厳しいなか十分な回答が得られない」「条例・規則等のかたちとして回答を得なければならない」等の総括意見が出され、政権交代によって政権与党の民主党と連合の連携を踏まえ、「要請内容を実行する」ところまで踏み込まなければ政策・予算要請を実施する意味が問われるのではないかと考えるところです。

 自治体の回答内容が毎年「大阪府・国の動向を踏まえ、検討して参ります」とういう主旨が羅列される状況を打開するべく、本総括会議を出発点として、今後実施される要請内容構築会議で地区独自要請に向け精力的に議論を進めて参ります。

(泉州地区協議会事務局長 藤原一也)

第3回ユニオンユースセミナー

日 時20116月11日(土)~12日(日)
場 所クリモト淡輪研修センター
参加者

28人、スタッフ8人

主 催

連合大阪大阪南地域協議会

共 催

大阪南地域労働者福祉協議会

1日目

 セミナーは、主催者である研修小委員会 野内委員長と、連合大阪大阪南地域協議会 鎌倉議長の挨拶でスタートしました。

最初に、大阪ガス労組中央副書記長(連合大阪女性委員会元委員長)株本佳子さんによる講義、【明るく、楽しく 労働運動・組合活動に参加する気持ちを持とう!】を受けました。

 「労働組合とは何か?」「なぜ必要なのか?」といった内容をとても分かり易く説明してくださり、若い世代の参加者は一生懸命株本さんのお話に聞き入っていました。

また、女性委員会委員長を経験された方ならではの、男女格差等に関する課題提議も大変勉強になりました。

次に、田中政和インストラクターによるレクレーションゲームを行いました。頭と体を使いながら楽しくコミュニケーションを取って行く内に、自然と皆の心が解けていくのを感じました。 

夕食は美味しいお鍋に会話も弾み、懇親会では楽しいゲームで更に絆を深めました。

2日目

 翌日は朝から野外でのレクリエーション(※オセリング)を行いました。昨夜の疲れもあり足取りの重たい人も数名いましたが、班対抗ということで皆真剣に取り組んでいました。

オセリングの後はグループディスカッションということで、組合について四つのテーマに沿って班別に討議・発表をしました。

テーマ   1.入社前の組合に対するイメージは?

       2.組合に入ってイメージがどう変わったか?

       3.組合を通じて得たものは?

       4.これからの組合に求めるものは?

 各班とも自単組の問題点や疑問点を自由に出し合い、それぞれの視点からの意見を忌憚なく発言していました。


今回参加された皆さんが、今後の組合活動について前向きな気持ちを持ち帰って下さっていれば、大変嬉しく思います。ご参加本当に有難うございました。

地域・地区役員合同宿泊幹事会

日 時2011年5月27日(金)~28日(土)
場 所滋賀県
参加者

47人

◆27日

 ①「琵琶湖博物館」見学(http://www.lbm.go.jp/ 

 ②研修施設「アクティプラザ琵琶」にて、大阪南地域協第19回幹事会を全員参加で実施。その後、堺地区・泉州地区は各地区の幹事会も実施。

 ③懇親会(バーベキュー)

 

◆28日

 ①各種体験

  *扇子絵付け体験

   高島市安曇川町は扇骨の生産が日本一だそうです。

  *キャンドル作り体験

 ②針江 生水の郷(かばた)見学

暮らしの中に湧き水を上手に取り入れ、昔ながらの生活をしている高島市旭町「針江」を見学しました。

詳しくはこちらをどうぞ→ http://www.geocities.jp/syouzu2007/indexfureime.html

 ③川島酒造見学(http://www.matsu87.jp/

第82回地区メーデー

堺地区協議会

82回堺地区メーデーが、51日、堺・緑のミュージアム「ハーベストの丘」において、あいにくの空模様にもかかわらず、働く仲間とその家族、約4500人が結集し、盛大に開催されました。

今年のメーデーは、「笑顔の力で、仲間に勇気を届けよう!」を堺地区のサブスローガンとして、東日本で被災された仲間の支援活動を行い、義捐金カンパと、例年取り組んでいる、元気な「笑顔」の写真撮影に加え、東日本の仲間に対するメッセージボードを設置し、集会参加者に、東日本の仲間を勇気づけるメッセージを書き込んでいただきました。

式典は、金谷議長(自治労)・辻野議長(基幹労連)により進められ、主催者を代表し、藤原実行委員長は、『震災発生以降、さまざまな取り組みを行ってきた、早期復興に向け、大阪・堺から働く仲間の笑顔でパワーを送るためのメーデーしよう』と呼びかけた後、堺地区協議会としての課題として、「住み続けたいまちづくり」実現するために、生活環境・雇用環境・労働環境の改善等、堺市と連携し活動を展開すること、また、政治課題については第17回統一選挙を振り返り、外的要因はあるとはいえ、厳しい結果を受け止め、原点に立ち返った労働運動を進めると挨拶をされました。

 来賓には、連合大阪大阪南地域協議会 平田事務局長、竹山堺市市長をはじめ、連合が推薦する議員、統一地方選挙に挑戦された方や、部落解放同盟堺支部や全労済・近畿労金等を迎え、それぞれ挨拶を受け、引き続き、納綾香さん(都市交)よりメーデー宣言(案)が提案され、満場一致で採択されました。

 最後に、吉田企画副委員長の被災地の早期復興を願うとともに、支援活動を積極的に行うことを確認する、力強いがんばろう三唱で、無事式典が終了しました。

 終了後、恒例となった福引抽選会では、当選者には義捐金カンパをしていただくように工夫を凝らし、大盛況のうちに終了しました。

 ご協力ありがとうございました。

(堺地区協議会第82回メーデー企画委員長 畑中修二)

泉州地区協議会

 82回連合泉州地区メーデーは5月1日、岸和田市立浪切ホールにおいて開催されました。

当日は、時より激しい雨が降るあいにくの天気でありましたが、連合泉州地区協議会の各単組組合員とその家族、その他構成団体合わせて1,135名の仲間が集まりました。

開会に先立ち、メーデー参加者全員により東日本大震災でお亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りし、黙祷を捧げました。

開会宣言として「私たちの雇用を守ることで地域に潤いを与え、経済を元気にしていくことに繋がる。そして被災地の一日も早い復興に貢献することになる」とし、依然厳しい雇用環境の中、労働力を高めることが重要であることを本メーデーの主旨とし、確認しました。

 続いて、主催者挨拶として連合泉州地区協議会野内議長から「連合大阪では泉州地区を含む20地区協で震災義捐金カンパに取り組んできた。本メーデーは日本経済の復興を願う労働者の集会と位置づけ、働く仲間の総力で国難を乗り切りたい。そして、他国のボランティアの方々も含めて多くの支援を頂いていることに敬意を払う一方、世界情勢では有事による人権の剥奪など、世界平和に向けた懸念がある。

そんな中で行われた統一地方選挙においては、前半戦の苦戦はあったが、私たち連合泉州地区協から推薦した候補者全員の当選が実現した。改めて連合泉州地区協の団結力に対して敬意を表します。

当選された議員各位には、各行政区の支持者、府民・市民の民意に徹した行政運営に導き、マジメに生活する者が報われる社会が構築されることを強く期待し、激励する。

結びに、被災地の早期復興を祈念するとともに集まった仲間の健康と幸せを祈念し泉州から元気を出していきましょう」と力強い主催者挨拶がなされました。

続いて来賓の皆様からは、連合大阪を代表して連合大阪大阪南地域協議会 清水副議長より連帯の挨拶を受けました。

大阪府総合労働事務所南大阪センター藤原センター長から大阪府知事のメッセージの代読、連合大阪泉州地区の行政41町全ての首長が駆けつけるなか、代表して高石市より阪口伸六市長から激励と当選御礼の挨拶を受けました。

続いて民主党大阪18区総支部長中川おさむ衆議院議員より「民主党は、震災復興を最優先させ、並行して国民が納得できる政権運営に取り組む姿勢を示さなければならない。労働者が安心して働き、生活できる社会を連合の皆さんと共に築いて行きたい。この泉州から関西を元気に、働く者が報われる社会を築きたい」と述べ、今後の更なる支援のお願いを訴え、参加議員からは統一地方選挙における支援の御礼がなされました。

 続いて、川本産業労組井原祐香さんから「メーデー宣言」が読み上げられ、満場の拍手で採択、上野副実行委員長の閉会挨拶のあと、最後に山中議長代行の発声による「団結がんばろう」でメーデーが締めくられました。

 このあと、連合泉州地区協恒例の大抽選会が催され大いに盛り上がり、組合員(なかま)と家族の『絆(きずな)』が深まりました。

メーデー会場では、東日本大震災への義捐金活動も同時に行われ、25,875円の善意をいただきました。震災からの早期復興を祈念するとともに、みんなの願いで心あわせを実現したメーデーとなりました。

(泉州地区協議会第82回メーデー実行委員長 中嶋崇之)

泉南地区協議会

三陸沖を震源とする大地震の発生から50日が経過した5月1日、貝塚市コスモスシアターにおいて、連合泉南に結集する仲間とその家族1,032名が集まり、第82回泉南地区協議会・関空連絡会メーデーが開催されました。

当日は、小川事務局長の司会進行により、メーデーの開催に先立って、参加者全員で先の東日本大震災で犠牲になられた方々のご冥福を祈り黙祷が捧げられたあと、メーデーの開会が宣言され、第一部の式典が執り行われました。

第一部の式典では、冒頭、泉南地区協議会の宮崎議長より「連合は働くことを軸とする安心社会の実現を目指している。働くことによって人と人は繋がり、その絆を強め人々は安心できる。また、働くことによって税や社会保険料が納められ社会が成り立つ。誰もが働いて、人との繋がりを持てることが保証されなければならない。希望と安心の社会の実現を私たちの手によって成し遂げよう。」と力強い主催者を代表しての挨拶がありました。

次に、来賓の方々からの挨拶があり、連合大阪大阪南地域協議会の鎌倉議長からは、「東北地方大震災に対する支援活動で労働組合の果たす社会的責任は、今回限りの活動ではなく、現地の被災した人、そしてその地域が復興するまで続けていかなければならない。連合の取り組みに引き続いてのご協力をお願いしたい。連合大阪南のスローガンは伝統ある絆を守り、次世代へ示そう責任ある行動と連合の輪。今日まで培ってきた大阪南の歴史を継承し、次の世代の今まで以上の連合活動が地域で盛んに展開されることを祈念する」との連帯の挨拶がありました。

そのあと、大阪府総合労働事務所南大阪センターの上田総括主査より橋下大阪府知事のメッセージが代読され、続いて、泉南地区の行政4市3町の首長を代表し、藤原貝塚市長から「行政を担うものとして、今回の大震災により何よりも安心安全な街づくりを進めることが政治の最も大切な要素であると痛感した。国難を乗り切ろうと国民の心は一つになっている。今こそ労使共に力を合わせ、希望と安心の社会づくりに全力で取り組む決意である」との挨拶がありました。また、連合推薦の各級議員団を代表して、長安たかし衆議院議員から「未曾有の危機の中で、一致結束して政治が取り組んでいかなければならない。復旧復興と同時に税金の無駄使いを徹底して無くし、次の時代を担う子どもたち、未来への投資もしっかりとしなければならない。皆さんのご期待に応えられるよう国会の中で頑張る」との挨拶がありました。

司会者から祝電メッセージが披露されたあと、東日本大震災における復旧・復興に向けた政府への要請や働く者としての取り組み、また、第17回統一地方選挙の総括や連合大阪としての組織強化などを柱とする「メーデー宣言(案)」が、泉南教職員組合の片岡さんから提起され、満場一致の盛大な拍手で採択されました。

式典の最後は、泉南地区協議会の津田副議長から「125年前アメリカで8時間労働制要求のストライキがメーデーの起源。長時間労働が蔓延しサービス残業が発生するなど、日本におけるメーデーの意味は大きい。今年のメーデーは日本全体が支えあい繋がりあうことが求められる特別なメーデー。参加者全員で団結と連帯の力を再確認しよう」と閉会の挨拶がなされ、「団結がんばろう」の三唱で締めくくられました。

第二部では、泉南地区協議会の杉山副議長の進行により、恒例の大抽選会が開催されました。今年の抽選会では、連合上部組織の取り計らいにより、被災地方面の物産品も賞品に織り込んで抽選を行いました。

また、会場外では、泉南教職員組合の皆さんによる昔あそびコーナーが設けられ、けん玉や輪投げ、こま回しなど、普段馴染みのない遊びに子ども達は夢中になっていました。

メーデーの終了後には、開場出口で東日本大震災の被災者に対する義援金カンパ活動を行い、参加者の皆さんから51,390円の善意を頂きました。ご協力ありがとうございました。

(泉南地区協議会第82回メーデー実行委員長 藤井吉隆)

2011春季生活闘争・第17回統一地方選挙総決起集会

日 時2011年2月24日(木)18:3019:30
場 所堺市民会館 大ホール
参加者約1,030人
司 会連合大阪大阪南地域協議会 事務局長 平田茂徳

 2011年春季生活闘争と第17回統一地方選挙における連合大阪推薦議員の必勝を期して、大阪南地域協議会主催の総決起集会を上記日程にて開催しました。

当日は、大阪南エリア各構成組織組合員の皆さん、連合推薦議員・統一地方選挙予定候補者とその支援者の皆さん、歴代役員OBの皆さん、総勢1,030人もの方々にお集まり頂きました。

上部団体からは、連合大阪 川口清一会長、大阪南地域担当 今宮正信副会長、古賀信弘副会長、岸本薫副会長、多賀事務局長が駆けつけて下さいました。

また、ご来賓として民主党大阪府連 土師幸平幹事長、森山浩行衆議院議員よりお言葉を頂戴しました。

集会では、市議会・府議会・市長候補の順に登壇して頂き、その際ひとりひとりに川口会長より檄が手渡され、がっちりと握手が交わされました。

大阪交通労組 畑中さんの提案による集会決議案が満場一致で可決された後、最後は産別若手代表による集会スローガン&アピールで会場がひとつになり、元気よく終了することが出来ました。

 本決起集会への多数のご参集に、心より感謝申し上げます。

 

17回統一地方選挙 連合大阪推薦候補者(大阪南エリア)

<市議会議員候補>

 <選挙区>   <定数>    <候補者名>

貝塚市議会   20  平岩征樹(ひらいわ まさき)(新)

岸和田市議会  26  西村芳徳(にしむら よしのり)(現)

河合 馨(かわい かおる)(新)

泉大津市議会  18  田中一吉(たなか かずよし)(現)

高石市議会   17  清水明治(しみず あきはる)(現)

綿野宏司(わたの こうじ)(現)

堺市議会 南区 10  小堀清次(こぼり せいじ)(現)

永田和子(ながた かずこ)(現)

            中井國芳(なかい くによし)(現)

     中区  8  木畑 匡(きばた ただし)(新)

            岡田一二美(おかだ ひふみ)(新)

西区  8  深井重行(ふかい しげゆき)(新)

武田 和(たけだ わたる)(新)

     北区  9  池尻秀樹(いけじり ひでき)(現)

水谷一雄(みずたに かずお)(現)

美原区 3  池田 貢(いけだ みつぐ)(元)

東区  5  小郷 一(おごう はじめ)(現)

     堺区  9  増栄陽子(ますえ ようこ)(現)

            大毛十一郎(だいもう じゅういちろう)(現)

 

<大阪府議会議員候補>

 <選挙区>    <定数>   <候補者名>

泉南郡      1  文野慎治(ぶんの しんじ)(新)

堺市 南区    2  長野 聖(ながの きよし)(現)

堺市 中区    1  渕上猛志(ふちがみ たけし)(新)

堺市 西区    2  西 哲史(にし てつし)(新)

堺市東区・美原区 1  藤原一威(ふじわら かずたけ)(新)

堺市 堺区    2  藤田幸志(ふじた こうじ)(新)

堺市 北区    2  関  守(せき まもる)(現)

 

<市長候補>

高石市長     阪口伸六(さかぐち しんろく)(現)

泉佐野市長    戸野 茂(との しげる)(新)