活動報告

連合大阪南
大阪南労福協

2023年

第13回健康づくりイベント

日 時2023年8月20日(日)11:00~14:30
場 所

泉大津駅~なぎさ公園BBQ N GRILL

参加者43人

 2023820日(日)、第13回目となる大阪南労福協主催「健康づくりイベント」を、泉大津市で開催しました。

 このイベントは大阪南94町を巡ることを一つの目標としており、残すところ忠岡町のみとなっています。そこで、当初は忠岡駅に集合し、泉大津なぎさ公園まで約1時間半ウォーキングするプランを企画していました。しかしながら、連日の熱中症警戒アラート発表を受け、参加者の健康と事務局の体力を勘案し、止む無く集合場所を泉大津駅に変更することになりました。忠岡町はまたの機会にリベンジしたいと思います。

ウォーキングから参加された33人は、時間を大幅に短縮したおかげで脱落者もなく無事にBBQ会場まで辿り着くことが出来ました。本当に良かったです。

その後、BBQから参加の10人と合流し、森会長の乾杯で食事がスタートしました。お肉が大きな塊でしたので、テーブル毎に切り分けてシェアしているうちに、違うグループの人とも自然と会話が出来て仲良くなれたのではないでしょうか。

 恒例の「抽選会」は、1230から泉州地区役員の運営で行いました。

今年は会場都合で参加人数を絞ったこともあり、参加者全員に賞品が行き届いても余ったので、2巡目まで抽選を行いました。おかげで大変盛り上がり、ご家族連れなどは抱えきれないほどのお土産を持って帰ることになりました。賞品をご提供頂いた単組・団体の皆様に、改めて感謝申し上げます。

1330に中井副会長による閉会の挨拶で中締めをしたのですが、皆さんとても楽しかったようで、施設利用時間ギリギリの1430まで大半の方が残っておられていました。事務局として帰宅を促すのが大変心苦しかったです。

今回はウォーキングからの申し込みも多く、季節が良ければ当初のプランで歩けたのにと悔やまれるばかりです。

 来年はどのような企画になるのか分かりませんが、皆さんに安心して楽しんでいただけるイベントになるよう頑張りますので、これからもご家族・同僚お誘い合わせの上ご参加いただければ幸いです。

Special thanks!!

≪抽選会賞品提供団体様≫

・大阪労働者福祉協議会

・三菱マテリアル三宝製作所労組

・JP労組泉州北支部

・泉南市職員組合

・阪南市職員組合

・泉大津市労連

・貝塚市労連

・日本ネットワークサポート労組

・関電労組岸和田支部

・大阪ガス労組泉北支部

・神鋼鋼線工業労組

・連合大阪堺地区協議会

・連合大阪泉州地区協議会

・近畿労働金庫

・こくみん共済coop

(順不同・賞品合計63個)

大阪労福協・5地域労福協合同研修会

日 時20237月14日(金)
場 所

大阪メトロ 緑木検車場

参加者27人
内 容

緑木車両工場見学

懇親会

主 催

大阪市地域労働者福祉協議会

設立25周年記念事業 東北視察団

日 時202372日(日)~3日(月)
場 所

宮城県

参加者18人
行 程

1日目>

1430 石ノ森萬画館 見学

1530 震災遺構 大川小学校視察

2日目>

 915 雄勝ローズファクトリーガーデン(造園ボランティアと研修)

1230 幹事会

1500 女川町視察

 大阪南労福協は199885日に設立され、今年で25周年を迎えました。その記念事業として、東日本大震災の被災地である東北への視察研修を実施しました。東北へは、2013年にも15周年事業として視察を行っており、今回はこの10年で東北がどの様な復興を遂げたのか学ぶことを目的に企画しました。 

 1日目は石巻で昼食後、石ノ森萬画館を見学しました。こちらの建物も震災で大きなダメージを受けましたが、全国からの支援により修復され、2013年にリニューアルオープンしました。現在は観光客や地元の方で賑わっており、ヒーロー(心のよりどころ)の偉大さを感じました。

 続いて、今回の視察の主目的である「震災遺構 大川小学校」へ向かいました。こちらでは「大川伝承の会」の語り部の方からご説明を頂いたのですが、担当いただいた方がお子さんを大川小で亡くされたお母さんで、しかも今回が語り部デビューとのことでした。

思い出すのも辛い記憶を、辛い場所で、見ず知らずの人に話すのはとても勇気のいることだと思います。言葉のひとつひとつが重く、参加者は全員質問を挟むこともなく聞き入っていました。

あの時誰かが判断していれば、自分が動いていればといくら悔やんでも、命は還ってきません。それならば、今できること、あの経験があったからこそ伝えられることを精一杯伝え、同じ様なことが二度と起こらないようにしたいという真摯な気持ちに、胸を打たれました。 

 2日目の午前は、雄勝ローズファクトリーガーデンで造園ボランティアと研修を実施しました。雄勝ローズファクトリーガーデンは、徳水さんという方が被災した実家跡地に慰霊の花を植えたところ、思いに賛同した地域住民やボランティアたちが雄勝の街をよみがえらせようと始めた復興プロジェクト「雄勝花物語」の活動拠点です。現在は年間1,000名ものボランティアが訪れ、津波で全てが流されたとは思えないほど立派な英国庭園が出来上がっています。

 ここでは元教師でもある徳水さんに、防災についての研修も行って頂きました。実際に被災された方から学ぶ南海トラフ地震等のリスクは、報道よりも説得力があり、備えの薄い自分を見直す良いきっかけになりました。

 午後は女川町へ移動し、美味しい海鮮バーベキューを頂いたあと、観光協会の方のご案内で町内視察を実施しました。女川町の復興計画は、町民の意見を踏まえ、防波堤を作らず土地全体の嵩上げを行う方法で行われました。現在は、標高毎に「公園・漁港(1.9m)」「商工業地(5.4m)」「居住地・役場・学校など(20m)」と建設出来る建物が決められているそうです。

 復興を遂げ、町も人も明るくなった女川町を見ていると、ここに住みたい、ここが私達の町だという強い思いが伝わってきました。 

 10年前の視察の時は、何も無い更地でした。今回の視察で、10年で人はこんなにも逞しく、強く芽吹くことが出来るのだと実感しました。

 もしかしたら今日、大阪で大きな地震が起こるかもしれません。何もかも無くすかもしれません。けれど、東北の復興を目の当たりにした私は、少しだけ強い心を持って対峙出来るような気がしています。

今回の視察でお世話になった皆様に、心より感謝を申し上げ、報告とさせて頂きます。

参加者レポート

大阪南地域労福協 副会長(泉南市職員組合) 佐野 建也

 今回、大阪南労福協設立25周年事業として、現役員と絆の会の皆さんにご協力頂き、18名で「東北視察団」として宮城県に行ってきました。

 特に印象深かったのは、石巻市震災遺構大川小学校でした。この小学校は震災時の津波により児童・教員併せて84名の方が犠牲となりました。現地で震災時の状況や現在に至るまでの状況等を詳しく説明頂きましたが、語り部としてお話し頂いたお二人とも被災者であり、またその内のお一人は、この小学校で当時6年生のお子さんを亡くされた方でした。震災の恐ろしさや避難活動の大事さまた、日常的な積み重ねが大事であるとお聞かせ頂きました。遺構の見学途中に語り部さんが言われた「学校で犠牲を出してはいけない」という言葉が心に残りました。いずれの自治体でも公共施設が避難場所として多く設けられており、学校もその一つであるからです。安全な場所として指定されている箇所が今回このような状況になり、大きな被害を出したことを教訓としなければならないと感じました。

 震災が発生した時に、今居る場所がどのような状況でどのように早急に避難をしなければならないのか、状況に応じた行動予測は非常に大事であると痛感しましたし、備えは非常に大事であると感じました。今回、遺構内に書かれていた言葉が深く私自身に刻まれたので最後に記することとします。

「ここには町がありました 生活がありました いのちがありました

 子どもたちが走りまわっていました」 合掌

大阪南地域労福協 副会長(栗本鉄工所堺工場労組) 中井 誠

今回の東北視察は、震災後、私にとって3回目になりますが、訪問した先は何れも初めての所ばかりでした。雄勝ローズファクトリーガーデンでの花壇の石積みボランティアや、女川町内の各施設の視察など、いい体験をし、見聞を広めさせていただきましたが、なかでも印象に残っているのは大川小学校での語り部さんの話しでした。児童・教員が、避難の判断ミスで多数亡くなられたことはマスコミの報道で知ってはいました。ですが、この小学校で最愛の子どもを津波で失った語り部さんからは、真実が知りたいという切実な想いから自治体との裁判に至ったことや、報道では伝わりにくい生々しい内容が語られました。自分たちと同じような人をこれ以上つくりたくない、という気持ちが痛いほど伝わりました。語り部さん達の想いをしっかりと受け止め、私たちは今自分ができることを精一杯取り組んでいく、そのことが大事だと改めて感じました。

 この様な貴重な機会を作っていただいた関係者の方々や、道中お世話になった旅行会社と運転手の方々、一緒に2日間の視察を過ごさせていただいた「きずなの会」と現役役員の皆様に感謝を申し上げます。お世話になり、ありがとうございました。

大阪南地域労福協 副会長(JP労組泉州南支部) 山下 一房

 大阪南労福協設立25周年記念事業「東北視察団」に参加致しました。

震災遺構・大川小学校視察、雄勝ローズファクトリーガーデンでのボランティア活動と防災教育研修、女川町視察など、大変有意義な二日間でした。

印象に残ったひとつに、大川伝承の会の方による講話の中で、「自分の命は自分で守る」とのお話がありました。地震直後今までに経験の無かった大津波警報が出たにも関わらず、避難せず自宅で家族を待つ方が多く犠牲になり何とも言えない気持ちでいっぱいになりました。

「まずは自分が逃げて下さい。生きていれば何処かで家族と会えるかも知れません。死んだら終わりです。」と、ご家族も犠牲なった語り部の方からの強い言葉には説得力、無念さなど強く感じました。教訓とします。

二日間を通して、語り部の方からの「生の声」、生々しい震災の爪痕、また、護岸の嵩上げや整備された復興の街並みなど自分の目で耳で全身で感じることができ、大変貴重な経験をさせて頂きました。

今後として、防災教育でもありましたが自分たちの地域への津波を含め災害リスクを把握し、家族とも避難方法、避難場所など再確認、食料品備蓄や家財転倒防止など防災対策を徹底し備えて行きたいと思います。

最後に、宮城、また東北の更なる復興と発展、そして東日本大震災により亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、 そのご家族や被災された方々に心よりお悔やみとお見舞いを申し上げ、簡単ですがレポートと致します。

大阪南地域労福協 事務局長(泉大津市労連) 藤原 一也

 大阪南労福協25周年記念事業として、東北視察研修を実施しました。東日本大震災の発災から2年後に15周年事業として視察に訪れてから10年が経ちました。この視察にて復興と現在の課題を受け止めることを目的としました。

 仙台空港に到着し、石巻で石ノ森萬画館を見学したのちに、「石巻市震災遺構 大川小学校」へ赴きました。現地ではこの大川小学校でお子さんを亡くされた語り部の方にからご説明を受けました。震災から10年以上経ち、ようやく当時の実相をお話しできるようになった語り部の方でした。私たちの前に立つのが、語り部としてはじめてと言われていました。

津波が大川小学校を襲うまで、避難する時間は十分あったとのことです。しかも、学校のすぐ浦の山には避難できる高台があり、高台への避難指示があれば救えた命だということ。

しかし、当時避難指導するべき教職員を非難するのではなく、組織の中で決断できなかった体質や避難指示体制の不備こそが、非難されることであり反省しなければならないことだと訴えられ、「みなさんの組織や、職場でも、間違った判断に対して勇気をもって意見してください」との言葉には心詰まされる思いでした。

 翌日、雄勝ローズファクトリーガーデンに伺い、ボランティアと研修を受けました。現地では、復興プロジェクト「雄勝花物語」の活動として、津波で流された住宅地跡に花を植え、現在は英国風の庭園が広がっています。この活動に早くから賛同し毎年活動されているのがシャープ労組さんです。満重事務局次長を先頭に花壇の石垣づくりと、ブロック積みに汗を流しました。今回、ご賛同いただいた「きずなの会」のみなさまもラベンダー摘み等に汗を流されました。また、この活動の中心人物であり元教師でもある徳水さんから、研修も受けました。津波を経験された方から南海トラフ地震からつながるリスク、その時必要な対応等、ご教授いただきました。

 ボランティア作業終了後に女川町へ移動し、食事をしたあと女川町の観光協会の方のご案内で視察を実施しました。女川町の復興計画には、大阪から来られた方々がかかわっていると聞きました。

 女川駅から続く商店街へはまだまだ人並みは復活していませんが、故郷を思い活動されている方々とふれあうと、必ず実を結べるのだと確信が持てました。前回では、震災後間もないこともあり、あまりふれあう機会がもてませんでしたが、今回思い切って実施したボランティア等を通じて現地の方々と向き合えて、本当によかったと感じています。「必ず、また来ます!」と、つい約束してしまった視察研修でした。

 犠牲になられた方々の実相を知り、防災へ向けた取り組みを行政への要請行動や、研修活動、社会貢献活動につなげることが現地に行った私たちの責務であると肝に銘じ、連合・労福協活動に生かしていきたいと考えます。

  最後に、この視察研修でお世話になった現地のみなさまへの感謝と、東日本大震災により亡くなられた方々へのご冥福をお祈り申し上げます。

大阪南地域労福協 幹事(泉南地区教職員組合) 荒木 寿樹

今回二回目の仙台となった。以前も大阪南の東北視察に参加させてもらった。今回は、大川小学校の見学と語り部のお話が一番印象に残った。大川小学校には、108人の子どもと11人の教職員が当時いた。74人の子どもと10人の教職員が犠牲になった。つまりほとんどの方が亡くなってしまったということだ。遠くから見る学校は、形状も斬新で、とても新しく子どもたちも楽しく過ごしていた学校何だろうと想像できた。しかし、近づくにつれ、津波の惨状を目の当たりにすることになった。教室の壁や天井がはがれ床がめくれ、鉄筋でつくられた渡り廊下が柱ごと倒れていた。そんな中、夢と希望に満ちた卒業記念のボロボロになった壁画が、悲しみを増幅させていた。

当時6年生の息子がこの津波の犠牲となった語り部さんがお話ししてくれた。震災直後は保護者同士で遺体が見つかってよかったね等と声を掛け合う異様な状態だったそうだ。子どもには「もう少しで中学生になるんだし、先生の言う事しっかり聞かないといけないよ」と家で話していたらしい。しかし、そのことを今は「それでよかったんかな」と後悔していると話していた。それは、学校の防災避難体制に不備があり、その時の教職員の避難指示が適切ではなかったからである。実際僕もここに行けば助かるという山に一緒に登った。歩いてもほんの12分で登ることができた。なんでこっちに避難する指示を出せなかったのか。たった100人位の子どもなら全員が移動してもそんなに時間かからないと正直思えた。生き残った子どもたちの証言では「山に逃げよう」と言った子どもや教職員もいたようだ。自分がその場にいたらどんな判断をしただろうか。教職員という仕事の責任の大きさを痛感した。また、震災後の行政の体質にも憤りを感じた。防災体制の不備があったとして遺族が市や県を相手にした裁判では、不備をなかったことにするため、すべてを隠そうとしていった。生き残った方の証言さえ塗り替えられていった。生き残った教職員もいまだにみんなの前に出てこれない状況にある。遺族は「先生をせめてはいないから、ちゃんとあったことを教えてほしい」と願っていた。大川小学校の保存体制やその前にある大川震災伝承館の運営に関しても行政体制は不満が残る。遺族の方はものすごく元気でした。そんな行政に対し、やっぱり伝えていかないとってお話ししていた。私たちが連合とわかると「私も昔はバス会社に勤めててストとかやりましたよ」とまた明るく話していた。元気がないと運動をできないけど運動が私たちを元気にするのだと感じた。

そのほかにも雄勝での研修ボランティア活動や女川訪問など、たくさん貴重な体験をさせて頂いた。そしてたくさんの貴重な出会いがあった。出会った方はみんな明るく元気だった。近しい人が多分たくさんなくなって、苦労もたくさんしてきたに違いないのに。行く前僕は、また同じ場所に住むなんて怖くないんかな?なんでまた、同じところに住むんだろ?と思っていた。しかし、地球に住むという事はそう言うことかもしれないし、「もう一度自分たちの町を取り戻したい。そして前よりもっといい町にしたい」という自分の故郷を大好きな思いが伝わってきて、そこに住み続ける意味がわかったような気がした。

今回学んだことを組織内やなにより子どもたちに伝えたい。貴重な経験をありがとうございました。

大阪南地域労福協 幹事(NTT労組関西総支部大阪南分会) 平見 勇

7月2日~3日(1泊)で、連合大阪南地域労福協設立25周年記念事業「東北視察団」に参加して参りました。

同じような視察に複数の単組役員が今年参加しており、話は聞いていましたが実際に被災された遺族の方々の生の声を聞かせていただき、本当に大変な思いをされたのだと痛感しました。

また、先月開催しました単組の全分会役員研修で、熊本県特別顧問の『有浦 隆』さまの講演の中でも大川小学校の事も触れられ、防災の本質は「予防」にあると教えていただきました。悲しい事に、この大川小学校には防災リーダーがいなかった事。津波に対する避難訓練をしていなかった事。等々が挙げられていますが、お隣の釜石東の人たちの中に、伝承を訓練として定着させ、後世に伝えた防災リーダーが存在した。という点が大きな違いとなった。

『防災での失敗は、命にかかわる』ことを肝に銘じて取り組まなければならない事を学びました。一人でも多くの人に伝えることが私自身の使命だと思います。

このような機会を与えていただきました事務局役員の皆さんに感謝申し上げます。

本当にありがとうございました。

大阪南地域労福協 幹事兼会計監査(こくみん共済coop) 小森 崇史

 一番印象に残っていることは、大川小学校の視察(大川伝承の会による講話)です。

 2011年東日本大震災以降、新聞やテレビ等を通じて何度も目にしていますが、実際、現地に訪問すると、息が詰まる思いになりました。

 語り部の女性の一言一言が非常に重みのある言葉で、改めて、減災・防災についての意識の向上に努めなければいけないと思いました。

 私には小学5年生の子どもがいますが、津波で命を落とした児童と同じ年代です。親がいない状況で、ほんとうに怖い思いをしたと思います。そのことを思うだけで、胸が痛いです。

家に戻り、妻と今回の視察の話をしました。娘には、「自分の“いのち”は自分で守る」ということをしっかりと身体に覚えこませ、成長してほしいと願っています。

1日目写真

2日目写真

第13回労組事務担当者交流会

日 時2023623日(金)講座16301800/懇親会18001930
場 所

ホテルアゴーラリージェンシー大阪堺3階 橘/BBQテラス

参加者39名(学習会39名,懇親会33名)

2023623()、大阪南地域労働者福祉協議会の「労組事務担当者交流会」を開催しました。本交流会は、大阪南地域における連合加盟単組で、組合事務を担当いただいている方々を対象としています。本年は、大阪労福協、近畿労働金庫、こくみん共済coop、他地域労福協を含めた39名の方々にご参加をいただきました。

1部の学習会では、「電子帳簿保存法について」と題して、税理士である中原会計事務所副所長 中原さくら様よりご講演をいただきました。来年の1月から改正される内容について、実際に自分の業務と関わりがあるのか不安に感じていた方も多く、皆さん真剣に受講されていました。

今回の改正で電子データの保存義務が生じるのは「所得税と法人税を申告する事業所だけ」とのことですが、今後に備え、対象ではない方も電子データを保存する習慣を付けられてはいかがでしょうか。アンケートでは、「用語が難しくて付いて行けなかった」「勉強してからまた受けたい」などのご意見も頂きましたので、今後も要望があればこの様な学習会を企画していければと考えております。

2部の懇親会は、同じ3階にある屋外のBBQテラスへ移動して実施しました。大阪労福協職員の間瀬さんによる挨拶と乾杯が終わると、どのテーブルもすぐに会話に花が咲き、和気あいあいと盛り上がっていました。そんな中、黙々とBBQの焼き係を担当してくださった役員並びに事業団体の皆さまには、心より感謝申し上げます。本当に有難う御座いました。

また、今回は予算の都合で賞品が一本しか用意出来ませんでしたので、逆抽選会(名前札を引いて最後に残った人が当選者)を実施しました。自分で自分の札を引いてしまうなど、意外と盛り上がりましたので、もう少しブラッシュアップしてまたやってみようと思います。

最後は、見事当選されたサンロックオーヨド労組の田中さんに中締めをお願いし、無事交流会を終了することが出来ました。

今後も、参加者アンケートを基に、参加された皆さんが楽しく美味しい一時を過ごせること、同じ悩みを抱える皆さんとの交流で「明日もがんばろう」と思えることを目標に、企画・運営をして参ります。

参加者の皆さんと当該単組のご理解、ご協力に感謝を申し上げ、報告とさせていただきます。

4回恋活事業「労組異業種交流会」

日 時2023210日(金)18302030
場 所

Salon de Lien

対象者

20代・30代の独身者

参加者41人(女性18人,男性23人)

2023210日(金)、堺東にあるお洒落なレストラン“Salon de Lienにて、「労組異業種交流会」を開催しました。このイベントは過去3「恋活パーティ」として実施してきましたが、今回からは少し参加のハードルを下げ、友達づくりから始めよう!というコンセプトで企画致しました。

コロナの為3年も開催出来ていなかったこともあり、40人の募集でも半分集まればいいかな、と考えていたのですが、最終的には定員以上のお申し込みをいただくことができました。構成組織並びにご協力いただいた皆様へ改めて感謝申し上げます。

 

当日は18時から受付を開始。男性から集まるだろうと予想はしていたのですが、なんと女性が一人も来ないうちに男性がほぼ揃うという事態に。微妙な雰囲気に包まれた参加者を鼓舞させるべく、「女性は必ず来ます!」と力強くアナウンスをしたものの、実は事務局が一番焦っていました。

結局、女性が揃うまで10分開始を遅らせることになりましたが、無事に予定していた全員が揃い、開会まで持っていくことができました。雨の中、外で1時間近く誘導いただいた澤田さん、本当に有難う御座いました。

今回は堅苦しくない交流会にすることがモットーですので、主催者挨拶は省略し、乾杯も司会の蛯原さん・満重さんに流れでお願いしました。また、同性同士が知り合いである方が会話を始めやすいと考え、グループ分けをする際にあえてバラけさせず、A労組の男性とB労組の女性という風に組み合わせてみました。結果、どのグループでも開始直後から会話が弾み、すぐに盛り上がることができたので良かったと感じています。

途中で2回行った席替えは、男性のみグループ単位で席札カードを引いていただく形で実施し、女性が動かずに済むように配慮しました。立食でビュッフェ形式とはいえ、お皿とドリンクを持って移動いただいた男性の皆様、有難うございました。

 

途中で行ったじゃんけん大会は、負けた人が勝った人に自分の持っている名前カードを全て渡していき、途中で負けてしまっても自分のカードを持っている人が決勝で勝てば最終的に豪華な賞品がもらえるというルールで行いました。

決勝は女性同士の白熱した戦いとなり、参加者全員が自分のカードを持っている方を応援し、勝敗が決まった瞬間はあちこちで声援とガッツポーズが上がりました。若者の今を楽しむ努力を惜しまない姿勢がとても眩しかったです。

その後は自由交流とし、最後にじゃんけん大会優勝者より閉会の挨拶をいただいて、楽しい時間が終了しました。

交流会終了後も連絡先の交換をしたり写真を撮ったりしている参加者を見ていると、もっとゆっくりしていただきたいと思ったのですが、お店の時間と事務局の空腹がピークに達したのでやむなく解散となりました。

今回の参加者に「労福協」事業であることはあまり伝わっていないかもしれませんが、組合を通じて楽しい会へ参加できたという思い出が積み重なっていけば、いつか気付きがあると信じています。

より楽しい交流会になるようブラッシュアップして参りますので、来年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。